年末年始は九州へ(年末編)
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
やっと今年最初のレポアップです。
と言いながら,キャンプとは無関係な年末年始ツアーレポですが・・・
読んでいただける方は,続きをどうぞ。
12月某日
こりん♪観光社,
2016年~2017年の年末年始ツアーの行き先は,
湯けむりを求めて,「
鹿児島(薩摩)」に決定!
奇しくも「長州の次が薩摩」という形になり,
歴史に疎い私でも,「薩長同盟」なんて言葉が頭をよぎったのでした。
(画像は萩市観光協会HPより)
薩長同盟に至るおおまかな流れ
薩摩藩の立場は,公武合体(朝廷と幕府で力を合わせて強い日本を作る),
長州藩の立場は,尊王(天皇を尊重し,幕府を倒す)攘夷(外国の侵略を撃退)で,
その考えの違いから,お互い犬猿の仲と言われていたが,
薩摩藩は薩英戦争で,長州藩は下関戦争で,
それぞれ外国の強さを知ることになり,攘夷が無理であるという考えになっていく。
外国の脅威に対して,有効な解決策を見い出せない江戸幕府には不信感が重なり,
やがて,両藩の考えは幕府を倒そうという流れになる。
利害が一致した両藩に対し,土佐藩を脱藩した坂本竜馬,中岡慎太郎が,
長州藩の桂小五郎と薩摩藩の西郷隆盛を会わせることに成功。
最後は坂本龍馬の説得により,
薩摩藩から長州藩に同盟を切り出すような形で,薩長同盟が実現した。
(日本史関連のサイトなどから抜粋)
いざ,鹿児島へ!
12月30日
当日は6時半前に三崎港に到着。
そして,約70分のフェリーの旅の後,佐賀関港(大分県)に到着。
ここから鹿児島県にINするには,
熊本県経由(大分自動車道,九州自動車道)か,
宮崎県経由(東九州自動車道)が考えられます。
こりん♪観光社は,前者を選択。
当然,すんなり鹿児島県にINするはずもなく,
途中,熊本城に寄ることにしました。
しかし,そこには,震災からまだまだ復興途中である,
厳しい現実がありました。
写真ではすべてを伝えきれませんが,
こんな私でも,一日でも早い復興を願わずにいられませんでした。
ガンバレ!熊本!
(「お前こそ頑張れよ」って言われそう・・・)
復興の力添えになればと,
少しですが,寄付をしておきました。
鹿児島県にINし,向かった宿は,霧島市の「
きらく温泉」。
ここは,素泊まり1人3800円の湯治宿です。
4畳半の部屋を2部屋借り,
1室を寝室にし,もう1室を居室にして過ごすことにしました。
(四方壁ですが,何か?)
露天風呂も最高です。
夕食では,宿の近くで買った,鯉の洗いなども食べました。
鯉のアライ・・・
この日は,夕食前後に2回温泉に浸かり,そのまま
12月31日
本日は,温泉でのんびり,まったり・・・
・・・んな訳ありません。
こりん♪観光社,霧島市観光に出撃です。
8時半過ぎに宿を出発して,まず向かったのは,
霧島神宮です。
建国神話の主人公である瓊々杵尊(ニニギノミコト)を祀っている神宮です。
大鳥居が,参拝客を出迎えてくれます。
ビック鳥居(ビクトリー)なんて,冗談を言っていたら,
そこにある飲食店の名前は,「
おおとりい」でした
おおとりい・ヘプバーン・・・
参拝後,休憩所に行くと,近くに温泉が湧いているところがありました。
そこに,なぜか鹿の置物が・・・
息子が,その鹿に対してファイティングポーズを取るので,
私が身をもって,正しい鹿との接し方を教えると,
息子はちゃんと理解してくれました。
(それでよろしい。)
次に向かったのが,「
西郷公園」です。
鹿児島空港近くにある,無料で入れる公園です。
ここには,人物像としては日本一の大きさの西郷隆盛像があります。
さらに,明治36年に開業した,
JR肥薩線の最古の駅「
嘉例川駅」にも寄りました。
この駅には,嘉例川観光大使に任命された,
「にゃん太郎」という1匹の猫がいるそうです。
が,年末休業中?だったので,猫の写真はありません。
また,この駅は無人駅ながら,特急「はやとの風」も停車する駅です。
乗りたい気持ちを抑えて,写真撮影のみ
約10分間の停車時間が経過し,
乗りたい気持ちを抑えて見送ります
乗りたかったなぁ~
しかし,駅に隣接する小さな公園では,
乗りたい気持ちを抑えることはできませんでした。
(2016年,乗り納め)
最後に向かったのが,
塩浸(しおひたし)温泉龍馬公園です。
ここ霧島は,坂本龍馬が妻お龍を連れて日本最初の新婚旅行に訪れた地であり,
その際,最も長く留まった場所がこの塩浸温泉だそうです。
川では鴨が泳いでいて,子どもたちは餌(100円)をあげました。
無事に霧島観光を終え,湯治宿に戻ります。
勘のいい方はお気づきだと思いますが,
本日の観光で,「薩長土肥スタンプラリー」のうち,
山口県に続いて鹿児島県も制したことになりました。
残るは,土佐(高知県)と肥前(佐賀県)・・・
(画像はやまぐち幕末ISHIN祭HPより)
湯治宿に戻った後,宿から歩いて1分くらいのところに,
ん? くっ,
熊が襲ってくる穴?
まさか・・・,
くまこさんが?
熊が襲ってきたらどうしよう。
でも,と~っても気になりますよね。
こりん♪観光社も想定外の事態ですが,
行くしかないでしょう。
「ハチミツ」を持ち合わせていませんが,
行くしかないでしょう。
(熊の襲撃に怯え,足が止まります。)
「鮭」も持ち合わせていませんが,
行くしかないでしょう。
(鮭ではなく,酒ならあるんですが・・・)
この先が,熊襲の穴のようです。
(いざとなれば,死んだふり・・・)
お~~~,
洞窟だ!
でも,洞窟に入るには,あの人がいないと。
そう,
川◯浩隊長
♪~ 川◯浩が~ 洞窟に入る~
「隊長~」・・・,
「隊長~」・・・,
いくら叫んでも,ここに隊長はいません・・・。
我々だけで洞窟に入るしかありません。
♪~ ゆけ! ゆけ! 川◯浩!!
なぜか,こりん♪さんが先頭・・・
この先に熊がいるのか?
熊が襲ってきたら,
死んだふりだぞ。
出てこい!
(いや,出てこないで)
獰猛な熊たち。
?
熊・・・いないぞ。
?
実は,熊襲(くまそ)の穴とは,熊が襲ってくる穴ではなく,
次のように紹介されています。
古代の南九州には「クマソ」と呼ばれる人々が住んでいました。
クマソは熊のように猛々しく,勇ましい人々であったといわれ,
古事記では「熊曽」,日本書紀では「熊襲」と書かれています。
熊襲の穴はクマソ族の首領・川上タケルが住んでいたところで,
女装した日本武尊(ヤマトタケルノミコト)に殺されたと伝えられています。
(紹介文及び画像は,本物の旅かごしまHPより)
それにしても,洞窟なのにカラフルな模様が気になります。
この模様についても,
芸術家萩原貞行氏のモダンアートが描かれており,
神秘的な雰囲気が漂っています。
と紹介されています。
(モダンアートって・・・)
熊に襲われることなく洞窟を後にした我が家は,
宿に戻って温泉で今年の疲れを癒し,無事に年越しを迎えました。
新年は,鹿児島から宮崎に向かいます。
たっ,
隊長!
こんなところに・・・
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